悲しんでもいいのです — 神はあなたの涙を瓶に集めておられる
「もう何か月も経つのに、まだ泣いています。私が強くないのでしょうか。信仰が小さいのでしょうか」
聖書は涙を、失敗の証拠として扱ったことは一度もありません。まったく逆です。
1. 神は涙を瓶に集めておられる
詩篇 56:8
"Thou tellest my wanderings: put thou my tears into thy bottle: are they not in thy book?"
ダビデは深い苦しみの中でこれを書きました。彼は自分の涙を瓶に納め、書に記してほしいと願います。古代において、涙の瓶はとても貴重なコレクションで、「この人はこのことで泣いた」という証しでした。
つまりこういうことです。あなたの涙は、流れて消えてしまうものではありません。一滴も無駄になりません。その子のために流した涙のすべてが、集められています。記されています。
「泣きすぎているのかな」と思ったとき、思い出してください。神にとって、それは雑音ではなく記録です。
2. 神は心の砕かれた者に近づかれる — 叱られない
詩篇 34:18
"The LORD is nigh unto them that are of a broken heart; and saveth such as be of a contrite spirit."
詩篇 147:3
"He healeth the broken in heart, and bindeth up their wounds."
動詞に注目してください。近づかれる。いやされる。包まれる。神が悲しむ人に対して最初にされることは、しっかりしなさいと求めることではなく、そばに来てくださることです。
イエスも短いひと言を残されました。
マタイの福音書 5:4
"Blessed are they that mourn: for they shall be comforted."
「悲しむ者は幸いです。」悲しむ人は叱られるのではなく、幸いだと宣言されます。慰めが来るからです。「元気を出しなさい」ではなく、「あなたは慰められる」です。
3. 悲しみは愛の反対ではなく、愛が続いていること
一度も愛したことのないもののために、私たちは泣きません。これほど痛むのは、あなたがたの間に本当に愛があったからです。
神は、失うことに泣く存在として私たちを造られました。イエスご自身も、ラザロの墓の前で泣かれました(ヨハネの福音書 11:35)。数分後に彼をよみがえらせると知りながら、それでも泣かれました。
だから、涙を誰かに謝る必要はありません。信仰が足りないのではありません。愛の中で傷ついただけです。
よろしければ、こう祈ってみてください。
「主よ、私が何度泣いたかをご存じです。
早く元気になれと急かさず、一滴一滴を瓶に納めてくださって感謝します。
心の砕かれた者に近づかれるように、私にも近づいてください。
私をいやし、恋しいあの子をどうか顧みてください。
今日は強くなりたくありません。ただ、あなたに抱かれていたいのです。アーメン。」
今、自分のためにできる4つのこと
感情のピークで決めない
悲しみの波は過ぎていきます。いちばん辛い瞬間は、次の5分を生き延びれば十分です。ほかのことは何も決めないでください。
まず身体をいたわる
水を飲む。何か食べる。少し眠る。悲嘆は身体を消耗させ、空腹の身体は心の痛みを強くします。
その子をノートに書く
うまくなくて大丈夫です。起こし方、いちばん好きだった表情。ひとつ書いてみてください。恋しさに行き場所を与えます。
本当に分かってくれる人を探す
動物のために泣くことを誰もが分かるわけではありませんが、分かる人もいます。見つからなければ、書いてください。神は読めます。
あの日は来ます
ヨハネの黙示録は、いつか神ご自身が私たちの目からすべての涙をぬぐい去り、もはや死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもないと約束しています(ヨハネの黙示録 21:4)。その日、あなたはその子のために流した一滴一滴が、良い神に覚えられ、応えられていたことを知るでしょう。
それまでは、悲しむことを自分に許してください。それもまた、その子を愛し続けるひとつの方法です。
今日は、ひとことで十分です。
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